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 振り向くと、スーツを着たサラリーマン風のおじさんがまっすぐ私を見ていた。年の頃は40代半ばから50代初頭。ごく普通の真面目そうなおじさんであった。
 (悪い人じゃなさそうだし、私が変な歩き方してたから具合が悪い人だと勘違いされたのかな?そしたら靴の底が取れたんです、歩きにくいだけで私は元気ですって言わなくちゃ)
 と呼び止められた私が瞬時にいろいろ考えて、つい返事をしあぐねていると、
「それじゃあ歩くのが大変でしょう、これをどうぞ」
 おじさんは、「大丈夫ですか?」等々予測された言葉は一切言わずに、唐突に私にガムテープを差し出した。
 (ガ、ガムテープ!?)
 てっきり、具合の悪い人に対するいたわりの言葉が出てくると思い込んでいた私は、思わぬ言葉と出てきたガムテープにどう反応して良いのかわからず、呆然と聞き返した。
「え、あの・・?」
 するとおじさんは、差し出したガムテープを手に持ちくるくると巻出しながら、
「ほら、そっちの底が取れた方、貸してごらんなさい、ちょっとみっともないけど、こうして巻いておけば、ちゃんと歩けるでしょう」
 と言い、さされるがままに突き出した私の左足の壊れたサンダルに、ガムテープをぐるぐる巻きつけて底を本体に固定して、歩けるように応急処置(?)をしてくれたのだった。
「あ、ありがとうございました」
 起こった事態に頭がついていかなくて、ようやくなんとかお礼の言葉を呟いた私に、おじさんはあくまで真面目な顔で、
「これで歩けるね」

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 と念を押し、(私はこくこくうなずいた)さっと手をあげ去って行った。
 おじさんはどうやらスーツのポケットにガムテープを入れていたらしく、鞄などは一切持っていなかった・・。
 
 思い返しても、あの時の出来事は不思議だった。
 底が取れたサンダルでよたよた歩く私もそりゃ、周囲から見たら妙だったと思うけれど、何故そこに偶然、ガムテープを持ったおじさんが運良く現れたんだろう?
 おじさんは、鞄も持っていないのに何故ガムテープを持って大手町を歩いていたんだろう?作業着を着ている人ならともかく、ごく普通のスーツを着た会社員、といういでたちだったのに。
 東西線の方向から現れたおじさんは、多分三田線の方に消えていったと思う。
 私はそのまま千代田線に乗り、ガムテープぐるぐる巻きのまま無事帰宅した。
 多少恥ずかしい思いはしたけれど、おじさんの言う通り歩けないよりはましで、私が考えたように裸足で帰るよりも、ましだったと思う。
 おじさんは本当に親切だった。私は心から感謝している。
 だけど、あの時何故、ああいう風にガムテープを持った人が突然現れたのか、おじさんは一体なんだったのか・・私の中では奇妙な経験として今でも忘れられない出来事である。


2004.3
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