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「必ず1年後にビル自体を売却すること」。資金回収を確実にしなければ会社が倒れるという危機的な経営状況の中、その命題は絶対だった。
1年後にビルを売却するとはどういうことか。収益物件として完成させるということである。簡単に言うと、1年後には満室稼働させるということ。買い手は投資目的でビルを買う。つまりは、必ず月々に賃料収入があることが前提だし、逆に賃料収入が見込めなければ、多額の資金を投下してビルを買う意味がない。新築のビルを買う場合もあるだろうが、<必ずテナントが入居する>というヨミがなければ投資家は手を出さない。特に時代は不動産投資に厳しい目が向けられていた。リスクある投資をする投資家はほぼないと言って良かった。都心の一等地にあるビルならともかく、都心とは言え二級地の、しかも実績乏しいサービスオフィス。これを必ず売却し利益をあげるには、つまり必ずテナントをほぼ満室まで持っていかないといけないということだ。
私がプロジェクトに配属されたとき、物件は賃料約40万円の30uが50区画以上で計画されていた。サービスオフィス30uは約5〜10人くらいで利用できる規模である。設立間もない企業か、数人規模から少し拡張したい小企業、地方企業の出張所、あるいは企業のプロジェクトブースの利用が想定された。数区画埋めるだけならいい。しかし・・50区画以上を1年で埋める!?感覚的に無理な気がした。
私はマーケティング担当のメンバーと共に、徹底的に先行企業を調べ始めた。隙間産業だと思っていたが、サービスオフィスの運営会社はその時点で20社以上あった。私はその殆どすべてに名刺を持って、あるいは顧客としてヒアリングに出向いた。実際の物件も見て回った。サービスオフィスと言ってもいろいろで、サービス重視の超高級型(これは外資企業の日本出向出先機関としての利用が多い)から、起業支援型の安く狭いオフィスまで、様々な種類があった。ただ、そのどれもがこの不況下苦戦を強いられていた。
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特に月額賃料が20万円を超える区画は殊更に厳しいようだった。平均賃料が10万前後で区画数20、この規模で立ち上がり後2年以上経過して稼働率90%に行けば良い方だった。ちなみに、一般的なオフィスビルが苦戦を強いられているという場合、稼動率は90〜93%程度(空室率が7〜10%)を意味する時代で、サービスオフィスの平均稼動はそれをはるかに下回っていた。と言っても、面積辺りの賃料が一般のオフィスに較べると高いため、ある程度稼動さえすれば利益が出る可能性はある。ただ、どの運営会社に聞いてみても立ち上がりからある程度稼動するまでには、時に2年もの相当な期間を要しているのが実態だった。時期・規模・面積・賃料設定、どれをとってもこのプロジェクトの初期稼動の厳しさは確定的だった。
私は、現状計画における稼動状況をシミュレーションした。ひどい状況だった。1年後に売れる状態になるわけがなかった。
次に、区画をもっと小さく変更し貸しやすくする案をシミュレーションした。既に建物が上棟していたため、それには莫大のコスト追加が必要だった。また、貸しやすい賃料まで区画を小さくすると、区画数が100を超えてしまった。いくら安くても100以上のテナント付けは現実的ではなかった。
それから、現状計画のまま、1年で稼動できるほど賃料を下げたシミュレーションを行った。結果、売却価格が恐ろしく下がり、会社に与える損失は莫大なものとなった。
最後に、ビル自体を一般的なオフィスに戻すシミュレーションを行った。既にサービスオフィス用に発注した資材は無駄になり、さらに多少のコスト増は必要だった。ただ、区画が10区画ちょっとまで減少するため、テナント付けはしやすいイメージになった。
簡単に書いたが、この比較がプロジェクトチームに受け入れられるまで、一月ほどを要した。マーケティングメンバー以外に私の調査に協力する人はおらず、荒削りで出した案にことごとく注文をつけられる日々が続いた。 |
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