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−あたし、クラスのまきもとくんが好きなんだ。いっしょに生物係やっているんだけどすごくやさしくて水槽の水替えもひとりでやってくれるし、あたしが忘れてた時もちゃんとさかなにえさあげてくれたんだよ。やさしいよね?ねぇねぇ、まきもとくんはあたしのことどう思ってるかなぁ?−
二つのブランコのひとつにみなちゃん。椅子のように腰掛けている。地面に木の枝で「まきもとくん」とかいた。
−ゼッタイまきもとくん、みなちゃんのこと好きだよ−。両思いだって!コクハクしちゃいなよー!−
その横にしゃがんだわたしは、地面の「まきもとくん」の隣に「みなちゃん」とかき足す。
−そうかなぁ?−
−そうだよー!−
そして相合い傘。傘の上にでっかいハート。歓声を上げるわたしたち。
ともみちゃんは話を聞いてるのかいないのか、ゆっくりブランコを漕いでいる。
−ねぇ、ともみちゃんは好きなコいないの?−
ふいにみなちゃんが聞いた。
わたしも相合い傘をかく準備。
きゃらきゃらと笑いながら、ねぇ誰なの誰なの?とはしゃぐわたしたちに、ともみちゃんはブランコを止め、静かに言った。
−・・うーん、誰かひとりだけ好きってことはないなぁ。だって、みんないいとこあって、わたしはみんなのことが好きなんだもん・・−
ゆっくりと風が吹き、汗が混じった鉄のにおいを運んだ。鼻の奥がつんとする。
ともみちゃんの大人びた横顔がオレンジに染まったー。−−− |
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−−−同じ夕陽の時刻。オレンジに染まったキリンに、消えかかった相合い傘。そしてブランコ。
あの時みなちゃんは「ともみちゃんのうそつき!」と言って怒り出した。ともみちゃんは少しだけ困った顔をして、でも「うそじゃないよ」とまっすぐ応えた。揺るがなかったともみちゃん。
私はその場が気まずくなる前に慌てて「わたしはさとうくんが好きなんだー」とこころにもないことを言って話題を変えた。けれど、ほんとうは誰が好きかなんて考えたことがなかった。
「みんなが好き」と言ったともみちゃん。その言葉には、どこにも嘘がなかった。気持ちと一緒で、ごまかしも背伸びもぜんぜんなかった。
私は大人になった今でもこうして、あの時のともみちゃんを思い出す。夕陽に染まったオレンジの横顔を、貴(とうと)いもののように大切に。
ブランコをそっと揺らしてみる。錆び付いた鎖が私のてのひらに赤茶けた色を移す。鼻を近づけ、くん、とするとやっぱり血のにおいがした。
私は駅へと歩き出す。
あれから私は大人になって、何人かの人を好きにもなった。
けれど、あの頃のともみちゃんの貴さには、まだ追いついていないような気がする。
幾人の人を好きになっても、まだ。
気持ちの中身と口にする言葉が、等分で、まっすぐで、まったく揺らぎがないなんて、まだ。 |
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