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『ある女性の死』
一回、二回、三回・・・。ゆっくりと手を動かしながら、彼女は考える。心臓の方がいいかしら、それても首の方が確実かしら。でも、首じゃあ、一回でうまくいく自信がないわ、やっぱり、心臓にしましょう。そうして彼女は、自分の左胸に手をおいた。とくん・・とくん。血液のポンプ。生命の源。
これは彼女の儀式だった。胸につかえた想いが耐え切れなくなると、彼女はいつも儀式を行っていた。正座をし、目を閉じて、先のとがった包丁が自分の胸にずぶずぶ入っていく情景を浮かべる。そしてそれは、いつでもちっとも彼女を苦しめずに、あふれそうな苦しみを断ち切ってくれた。心に入り込んだ刃は、不思議な治癒の力を持っているようで、苦しみが流れ出た後の彼女の心を、暖かい穏やかさで満たした。こうして、彼女は苦しみが溜まる度、何度も儀式を行い、自分を殺してきた。もう、殺す自分がなくなってしまう程に。
九十八回、九十九回、百回。彼女は、手を止めた。もとより刃は欠けていなかったので、刃先は、鋭いというより細くなってしまった。それでも、と彼女は思う。この包丁は痛くないはずだわ。だって、今までも、ずっとそうだったんだもの。けれど、今回の儀式はいつもとは違う。差し込むのは空想の刃ではなく、本物の刃。そして流れ出るのは苦しみの想いではなく、真っ赤な血。何にしても、そんなことは、彼女にとってたいした違いではなかった。ただ、苦しみを流したかった。それだけだった。
彼女は、正座をし、目を閉じた。包丁を徐々に左胸に近付けていく・・。
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