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『時期はずれの休暇』
その電車の扉は手でひらかなければならなかった。到着したのは夕方だったのに、外へ踏み出した瞬間、明け方のようなしんとした冷たい空気が私の頬をぬぐい、身体に入り込んできた。東京より高い場所にあるここでは、もう冬が始まっていた。
無人の駅舎を抜けると、鋪装されていない空き地に迎えらしき車が数台止まっていた。大きな建物はひとつもなかった。目的地へは最寄りのこの駅からでもたっぷり30分歩く。私は車を断っていた。誰とも関わらない休暇を始めたかった。
空の色は淡く、針葉樹が風に揺れている。
時間を確かめたくなるたびに思い出す。
携帯電話を置いてきたこと。自由だということ。自由がこんなにおぼつかないこと。
知人の別荘に着いたときには陽は沈んでいた。慣れない手付きで鍵を開け、明かりをつける。やわらかな木目調の家が私を迎えた。
−無事着いたよ。遠かったでしょう、携帯にメール入れたのに返事ないから心配してた。ごめん、携帯持ってこなかったの、腕時計もノートパソコンも。−
人と話したのは何時間ぶりだろう。誰もいないログハウスで置いた受話器が暖かかった。
荷解きをし、部屋を簡単に整えた。暖房を入れ、ホットウィスキーを作る。突然圧倒的な淋しさが私を襲ってきた。
昨日まで追われて追われて気が狂いそうだった。それでも、仕事が、オフィスが、仲間達が、そして家族が懐かしかった。自由が欲しくて、私を繋ぐもの全てを置いてきたのに。 |
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