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『西陽の思い出』
西陽は嫌なもののはずだった。あの強烈なオレンジの陽光(ひかり)。高窓から差し込むその陽光は、私達ばかりでなく、白い机までをも、金色めいたオレンジに染めた。まぶしくて、楽譜が見えない。とてもやっかいなものだった。やっかいだったはずなのに、なぜだろう、目を閉じれば、一番に、西陽に染まった教室が浮かんでくるのだ。クラブを引退してしまった、今頃になって。
「先輩、たまには遊びに来て下さいよ」
と、後輩に言われて、クラブに顔を出した。相変わらず不真面目な練習風景だ。雑誌を読みふけっていたり、話に夢中になっていたり。私達もずっとそうだった。変わってないなあ、と妙に嬉しくなって、私は、なんとなく教室の端のロッカーを開けた。
「あれ?」
そのロッカーには楽譜がたくさん入っているはずだった。けれど、どこを探しても、楽譜は見当たらなかった。そして、全く違う本が積み上げられていた。
「ねえ、楽譜、どこにあるの?」
近くの後輩に聞きながら、私はやわらかな午後のひかりの中、なんだか取り残されたような気になった。一見、変わってないようにみえても、やっぱり変わっちゃったんだ。それはいくぶん、あきらめにも似た気持ちだった。
「じゃ、私、帰るね。クラブ頑張ってね」
「えっ、もう帰るんですか?また来て下さいね」
午後の黄色いひかりに包まれた教室で、私は、あきらかに客だった。背後に後輩達のさざめきを聞きながら、私は外に出た。今、教室を出たばかりなのに、相変わらず、脳裏には西陽があった。
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