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『アクア』
子供のころ、水の中から空をながめるのが好きだった。その場所が海でもプールでも、晴れた日の空がみえるのなら良かった。ふるふるゆれる透明なゼリーの上に太陽がいくつもいくつもふりそそぎ、私は水に閉じ込められるしあわせを知った。
水中で顔を空に向けて眼を開ける。私はさかなのようにあるいはさんごのように幾重にも屈折した太陽のひかりを浴びた。
浮力に負けるのと息がくるしいのとで、しあわせはいつも長くは続かなかったけれど。
私は今メールに支配されている。
いつも誰かと繋がっていたくて、パソコンに飽き足らず、携帯にもアドレスを持った。
けれど私は満たされなかった。送ったメールに返事が来ないとき、私はよりいっそう淋しくなった。
今誰かと飲んでいるかもしれないから、まだ寝ているかもしれないから、あと1時間は返事は来ない、きっと。
そう思い込んで1時間忘れたふりをするつらさ。届いたメールを見て喜びよりもほっとする自分。
子供のころの私の方がずっとつよかった。
誰もいない早朝のプールは太陽と塩素のにおいがする。なつかしいにおい。
私はコンタクトの眼にゴーグルを装着し、ゆっくり壁を蹴った。
重くなった私の身体はもうさかなのようではなくて、水の抵抗に少しずつ体力を奪われていく。息継ぎのたびにわずかな空気と共に水が私に入り込もうとする。 |
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