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「過去」を抱きしめる
ある秋の夜。私はベッドの上に座り、手の中の一本のテープを見つめていた。
「’89文化祭」と名付けられたそれには、もう引退して一年近く経つ、ギター部での演奏が収録されている。
文化祭は六月にある。一年半近く前だ。長かった気もするし、短かった気もする。
私はデッキにテープをセットし、ボタンを押した。
テープに閉じ込められた「過去」が魔法のように再び流れはじめるーー
私はいつしか、ベッドの上でひざを抱え、布団を抱きしめ、まるまっていた。再び流れ始めた、まぎれもない過去の時間に、縛られたように身動きできなかった。
ただ、布団を抱きしめる。
猛烈な勢いで素早く、しかも優しく、私の中に大きなうねりが満ちてきた。それを「淋しさ」と呼んでいいのかどうか、私には判らなかった。そんな簡単な一言で表せるものでもないと思った。
ただ、布団を抱きしめる。
弦を弾く指が見える。フレットを押さえる指が見える。組んだ足が見える。まぶしい程のライトに照らされた自分達と、暗闇の中の観客が見える。暗闇の中に、非常口を示す緑色の光がぼんやりとぼんやりと浮かび上がっている。
ただ、布団を抱きしめる。
白い机が見える。その上に並べた楽譜は、ファイルに入らないくらい大きかった。カンカンと耳障りに規則正しい音は、指揮者が拍子をとる音だ。黒くてガタガタの譜面台。高くて座りにくかった、部室の椅子。 |
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