目次
スケッチ

SKETCH 〜みじかいものがたり〜 photo

TITLE: 春走り
  夕暮れのブランコ
  レースのカーテン
  灰色の眼
  針の雨
  距離感
  時期はずれの休暇
  アクア
  夜明け
  白熱灯
  白日夢
  ピアノ
  「過去」を抱きしめる
  西陽の想い出
  みどりの話
  ある女性の死
 

『ピアノ』

 夏から秋へと移りつつある九月の始め。そんな時期の夜が好きだ。昼間の暑さが嘘のように、心地よい風が吹いている。疲れた自分を癒すにはいいだろうと考え、私はふらりと家を出た。

 最近、慢性的に疲れている気がする。しかし、心当たりはない。睡眠も適度にとっているし、運動も欠かしていない。友達とけんかしたわけでもないし、・・付き合っている人ともうまくいっている・・、うん、うまくいっている。そりゃ、最近けんかしがちだけど、けんかする程仲がいい、なんていう言葉もあるし。私が疲れる原因なんて、カケラもない。
 そこまで考えて、私はぐったりしてしまった。近くの公園に入り、ベンチに腰掛けた。
 これじゃあ、せっかくの夜風も効きやしない。無防備に身体を伸ばしながら、私は思った。その時、ふっと耳に入り込むように何かが聞こえた。自然の音とは明らかに異なるけれども、心にすっとなじむ音。ピアノの音だった。
 私は、昔の自分が、とてもピアノが好きだったことを思い出した。毎日のようにピアノに触れていたことを思い出した。決して上手くはなかったけれど、ピアノを捨てることなど、考えもしなかった頃を思い出した。あの頃の私は、嬉しいことがあるとピアノを弾いていた。哀しいことがあっても、ピアノを弾けば忘れられた。
 昔の自分は、自分自身の力で、生きていた。悲しみや迷い、疲れから、自分で立ち直る術を知っていた。
 私は立ちあがって、大きく伸びをした。

 何年かぶりに蓋を開けても、鍵盤はちっとも色褪せていなかった。そっと指を置き、私の一番好きな曲を弾いてみた。
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