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『夜明け』
16階にある海沿いのオフィスからは運が良ければ富士山がみえる。
晴れて空気の透き通った冬の朝。
まだ陽の出る前の空は雲ひとつなく、群青色に深く澄み渡っている。
私は昨日、好きだった人に別れを告げた。
もうほとんど会うこともなくなっていたし、出したメールの返事がだんだん減ってきていた。だから、振られたのはきっと私のほうだけれど。
すきなものを見つけられそうな予感がします。だから、もう手を差し伸べてくれなくても大丈夫。今までどうもありがとう。
何度も書き直した短い文章をメールで送って、終わり。
どんな返事が来ても、あるいは来なくても、傷付きそうな気がしたから、アドレスはすぐ変更した。
空の群青色がぐんぐん透き通っていく。ひかりが最初は海へ、それから私のいるこのビルまで伸びてきた。
大きくはないオフィスの窓から富士山の方向を見ているから、太陽は背になってみえない。もう昇った頃かな、そう思った瞬間、世界はあっという間に色彩にあふれた。
富士山は薄紅色の朝焼けを身にまとってとても静かにたたずんでいた。
富士山をみたかった。夜が明ける瞬間の富士山をみたかった。暗闇にひかりが射す瞬間がみたかった。 |
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