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『灰色の眼』
短く髪を切った青年が立っていた。少し不機嫌な人々が行き交う夕刻の交差点。そこになにか用がある風ではなく、誰かを待つ風でもなく、信号が変わっても歩き出さずに青年は立ち尽くしていた。無関心な人の波が青年を避けて流れていく。岩にせき止められた川の水のように縦横無尽に。
彼女には、青年が困っているようにみえた。道に迷って途方にくれているように。
自分から声をかけるほど人は善くないけれど、道を聞かれて答える分にはやぶさかではない・・、と彼女が思ったその気配を感じたのか、青年が振り向いた。まっすぐ歩いてくる。彼女が歩く先に青年がいたものだから、いきおいお互い歩み寄るような形になり、彼女と青年は向き合った。
「あなたの幸せのためにお祈りさせて下さい」
てっきり道を聞かれるものだと思い込んでいた彼女は、青年の言った言葉の意味を一瞬とらえ損ねた。思いがけず青年の声が高かったことも、まるで目の前の人間が話したのではないように感じられた。いつもなら無視して通り過ぎる、その反応が遅れた。現実感がなかった。
(え?)
「眼を閉じて手を合わせて下さい」
(宗教の人?)
彼女は驚いて青年の顔を見返した。青年は薄い灰色の眼をしていた。表情がまったく読み取れない、色素の薄い眼。 |
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